社畜の悲劇

人は皆、自分の欲望を満たすことを幸福と考えて、

欲望を満たす生き方を選択しています。

恋人、旅行、結婚、マイホーム、経済的余裕、やりがいを求めて生きています。

限りなき欲望を満たそうとするとどうなるでしょうか。

労働一つとってみてもそうです。

家族を守るため、社会に貢献するためという人もあると思います

が、日本人は必要以上に働きすぎと言われます。

家族に喜ばれて嬉しい、今の生活を維持したい、自己実現したい

など、色々な思いがあると思います。

上司が仕事をしていると、先に帰りづらいから、残業代がもら

えるからと、色々理由があり、中々帰宅できません。

先進国最低の生産性の下、有給はもちろん代休すら取ることが

できず、異常な通勤ラッシュと長時間残業を余儀なくされてい

る会社員たちも多くあるでしょう。

生きていく手段、家族を養う手段は他にもあるにも関わらず、

長時間の労働に耐えきれず、肉体的精神的に追い詰められ、

過労死してしまう人が、年間で100人近くあると、厚生労働

省の調査で分かっています。

考えさせる話を紹介します。
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昔、隣接する大国と小国があった。

人口が少なく広大な土地が遊休している大国にたいして、

小国は、人口密度が高く狭小な土地を取りあいコセコセしていた。

大国の王様があるとき、小国の農民たちに触れを出した。

「オレの国へくる者には、土地をほしいだけ与えよう」

「王様、ほしいほどとおっしゃいますが、本当でございましょうか」

半信半疑でやってきた小国の農夫たちはたずねる。

「ウソは言わない。見わたすかぎりといっても区切りがつかないから、

おまえたちが一日歩きまわってきた土地を与えることにしよう。

ただ一つ条件がある。

朝、太陽が昇ると同時に出発し、角々に標木を打ち、

太陽の沈むまでに出発点にもどることだ。

その間、歩こうが走ろうが、おまえたちの勝手だが、

一刻でも遅れれば、一寸の土地も与えぬから注意せよ」

農夫たちは、その広大さを想像して胸おどらせた。

さっそく一人の男が申しでて翌朝、太陽とともに出発した。

最初は歩いていたが次第に足が速まり、

やがて小走りになり、本格的に走り始めた。

歩くよりも走れば、それだけ自分の土地が広くなるという欲からである。

当然、標木を打って曲がらねばならぬ所にきていても、

欲は、もっともっとと引きずった。

太陽が中天に輝いていることに驚き、標木を打って左へ曲がって走った。

昼食も走りながらすませる。

午後は極度に疲れたが、服も靴も脱ぎ捨てて走った。

もう夕陽になっている。

足は傷つき、血は流れ、心臓は今にも破裂しそうだ。

しかし今倒れたら一切が水泡になる。

彼は出発点の丘をめざして必死に走る。

そのかいあって、太陽の沈む直前に帰着したが、

同時に彼はぶっ倒れ、後はピクリともしなかった。

王様は、家来に命じて半畳ほどの穴を掘らせ、

農夫を埋めさせて、つぶやいたという。

「この農夫は、あんな広大な土地はいらなかったのだ。

半畳の土地でよかったのに」

農夫だけではない。みんな欲に殺されるのだ。
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『光に向かって100の花束』43
みんな欲に殺される ~あんな広大な土地はいらなかったのだ~
より

欲を満たすためには仕事をしてお金を稼がねばなりませんが、

必死に働いて、定年後には貯めたお金を使い、年金に頼って

最後死んでいくのです。

どこまで行っても満足がない欲を、限りある生命で満たし続けようと頑張るおかしな人生になっています。

もっと大事なことがあるのではないでしょうか。

その大事なことを仏教では教えているのです。

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