「人生は夢」と知る・戦国武将 辞世の句に学ぶ

今回は戦国時代の辞世の句から学んでみます。

戦国最強の武将は誰かと尋ねると、戦国時代好きなら、

恐らく越後の虎・上杉謙信を挙げる人が多いのではないでしょうか。

上杉謙信が初陣したのは15歳といわれ、生涯70回戦場に赴き、

明確に敗北したと言えるのはわずか1回か2回だけだった

と言われています。

特に、武田信玄との川中島の決戦は有名です。

天下取りを目指す織田軍を、手取川で破り、信長を恐れさせました。

その後病に倒れ、49歳で、この世を去っています。

上杉謙信の辞世の句です。

「四十九年 一睡の夢

一期の栄華 一盃の酒」(上杉謙信)

「戦功を競った一生も、一眠りする間の夢のようだ。

天下に名を馳せた一代の栄華も、

1杯の酒ほどの楽しみでしかなかった」

その上杉謙信死後、天下統一に最も近づいたのは織田信長です。

“人生五十年 化(下)天のうちをくらぶれば 夢幻の如くなり”

織田信長が本能寺で最期吟じたとされる「敦盛」の一節です。

どうして分かるのかと思うかもしれませんが、日頃から歌って

いたので、多分自害する前もそうだろうという想像ですね。

その織田信長を討った明智光秀の辞世の句です。

ちなみに、平成31年の大河ドラマは明智光秀です。

落ち武者狩りの百姓に竹槍で刺されて深手を負った明智光秀

が詠んだとも言われます。

“順逆二門なし 大道心源に徹す 五十五年の夢
覚め来たりて一元に帰す”
(明智光秀)

これは分かりにくいですが、小説家で有名な吉川英治が現代語

訳をつけています。

「たとえ信長は討つとも、順逆に問われるいわれはない。

彼も我もひとしき武門。

武門の上に仰ぎかしこむはただ一方のほかあろうや。

その大道は我が心源にあること。知るものはやがて知ろう。

とはいえ五十五年の夢、醒むれば我も世俗の毀誉褒貶に

洩れるものではなかった。

しかしその毀誉褒貶をなす者もまた一元に帰せざるを得まい」

これは後世の創作とも言われています。

さらに信長の後に天下を取った豊臣秀吉もこのような辞世の句を残しています。

“おごらざる者も久しからず 露と落ち 露と消えにし我が身かな 難波のことも夢のまた夢”
(豊臣秀吉)

今は、大阪と呼ばれる難波を中心にした栄耀栄華も覚めてみると、夢の中で夢を見ているようだったと寂しく死んでいます。

さらにさらに、豊臣秀吉の死後に天下を取った徳川家康の辞世の句もまた夢です。

“嬉しやと 再び覚めて一眠り 浮世の夢は 暁の空”
(徳川家康)

打つ人も打たれる人も、人生の旅路の果てに得たものは、

ただ夢の一字であるんですね。

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